相続の遺言執行者が低額で不動産売却した時は【司法書士監修】
遺言執行者がある場合に、遺言の内容にもとづいて遺言執行者が相続不動産を売却することがあります。その売買価格が納得できるものであれば問題ないでしょう。しかし、売買価格に不満がある場合、相続人は一体何ができるのでしょうか。
このページでは、そもそも遺言執行者が相続不動産を売却する場合とはどのような場合なのか、遺言執行者がある場合とは法律上どのような場合を指すのか、相続人が売却することができるのか、不動産売却が不当に低額であった場合の対処法などについて、相続手続き専門の司法書士の視点で考察します。
清算型遺言|遺産を換価処分することが前提
まず、遺言執行者が相続不動産を売却する場合とはどのような場合なのかを考えてみましょう。遺言執行者とは故人が遺言書を残していた場合を前提としますから、そもそも遺言がないのであれば問題になりません。
それでは遺言書がどのような内容の時に遺産である不動産を売却することになるのでしょうか。具体的には次のような内容の遺言書があった場合です。
つまり、遺言者の遺産は直接遺言者の相続人ABに帰属するのではなく、いったん換価処分された後に、その換価代金が相続の対象となるという遺言の内容になっています。これを「清算型遺言」と言います。
相続不動産を売却するのは誰なのか?
それでは清算型遺言があった場合、実際に相続不動産を売却するのは誰なのでしょうか。例えば相続人が数名いる場合、その不動産は故人の死亡と同時に相続人全員の共有物となります。ですから、一般の共有物と同様に相続不動産の売却処分も相続人全員で行うことになります。
しかし、相続不動産の処分に一部の相続人が協力しないこともあるため、清算型遺言を行う際は遺言書の中であらかじめ遺言執行者を指定しておくのが普通のやりかたです。
遺言で遺言執行者が指定されている場合は、遺言執行者が単独で不動産の売却等の換価行為を行うことになります。これをまとめると下の表のとおりです。
【誰が相続不動産を売却するのか】
1 | 遺言執行者がない場合 | 相続人全員 |
2 | 遺言執行者がある場合 | 遺言執行者 |
遺言執行者がある場合とは?
「遺言執行者がある場合」とは具体的にどのような場合を指すのでしょうか。遺言執行者は大きく分けて2通りの方法で選任されます。
- 遺言で指定される方法(生前にすでに指定されている)
- 家庭裁判所で選任される方法(相続発生後に選ばれる)
どちらの場合も選ばれた遺言執行者は、遺言執行者への就職を承諾するか拒否するかを自由に決定することができます(ただし「2」の場合は改めて就任の承諾を得る必要はないと解されています)。そして遺言執行者への就職を承諾し、その任務を開始したときは遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければなりません(民法第1007条第2項)。就職を辞退する場合に通知を要するかについては法律の規定はありませんが、通知をしておいた方がトラブルは少ないと思います。いずれにしても例えば遺言書で遺言執行者に指定されているからといって、就職が義務付けられているものではありません。就任しないという自由はあります。
では、遺言で遺言執行者が指定されているとき、まだ就任の承諾が得られていなければ、「遺言執行者がある場合」には当たらないのでしょうか。普通に考えれば、正式な承諾が得られていない限り正式な遺言執行者とは呼べないわけですから、「遺言執行者がある場合」とは言えない、となるでしょう。
ところが、判例は「遺言執行者がある場合とは遺言執行者として指定された者が就任を承諾する前をも含むと解するのが相当である(最判昭和62年4月23日)」としています。その理由は、たとえ就任前であったとしても就任の可能性がある以上は、遺言執行者がないとは断定できないからです。
つまり、遺言書(自筆証書遺言であっても公正証書遺言であっても同じです)に具体的な遺言執行者の名前が記載されている以上は、相続人は次の項目で記載することに注意しなければならないことになります。
遺言執行者がある場合に相続人が勝手に不動産売却できるか?
遺言執行者がある場合、相続人が遺言執行者に無断で行った相続財産の売却は原則として無効となります。なぜなら民法において遺言執行者は遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するとされているためです(民法第1012条)。
つまり、遺言執行者があるときは、相続人は相続財産を処分する権限を失い、相続財産の処分や遺言の執行を妨害する行為はできなくなるのです。たとえば遺言執行者に処分されたくないからという理由で、相続不動産を占有したり、登記に必要な書類を引き渡さないなどの行為をした場合、それらは遺言の執行を妨害する行為と判断されて遺言執行者から訴訟提起される可能性もあります。
このように遺言執行者がある場合は、相続人は相続財産の処分等ができなくなります。制限される行為としては、不動産の売却をはじめとして、賃貸借契約や抵当権の設定も考えられます。また、相続物件の建物について改築を施すことも相続財産の現状を勝手に変える行為として制限されるでしょう。しかし、相続物件がいくらで売却できるかについて不動産業者などに「査定の申し込み」をする程度であれば、相続財産を処分したとは言えませんから許容範囲と思われます。
売却価格は誰が決めるのか?
相続財産の売却条件(売買価格や引き渡し時期など)は遺言執行者が決定します。通常は遺言執行者自身が相続物件の買主を見つけて売買契約を結ぶことはありません。遺言執行者が不動産仲介業者に売却の依頼をして、より良い条件で購入してくれる買主を探してもらうことになります。
すでに説明したように、遺言執行者がある以上は相続人は処分行為は禁じられるため不動産仲介業者と仲介契約を結ぶようなことはできません。たしかに仲介契約自体は「処分行為」とは言えませんが、処分を前提とした行為ですから、売買契約と同様に禁止される行為と言えるでしょう。
なお、遺言執行者が大手の信託銀行や「○○信託」などの信託会社の場合、相続物件の売却はその信託銀行や信託会社のグループ会社に委託されることがほとんどです。そのような場合に相続人から「グループ会社でなく自分の知り合いの仲介業者を使ってほしい」といった要請をしても聞き入れられることは期待しない方が良いでしょう。
なぜなら、もし相続人が複数いて同じような要請を双方からされた場合に、どちらか一方の言い分を聞いてしまった時、遺言執行者は相続人同士の争いに巻き込まれることになるからです。したがって、どのような方法で売却するかも含めて遺言執行者が決定します。
別の業者の査定書を遺言執行者に提示しても良いか
遺言執行者は相続人に対して遺言執行の処理状況を報告する義務があります(民法第1012条、民法第645条)。また、相続人は遺言執行者に対していつでも遺言執行事務の処理状況について報告を求めることができます(同条)。これを「相続人の照会権」と呼びます。
遺言執行者による相続不動産の売却に疑問点がある場合は、実際に売却される前に遺言執行者に対して照会権を行使することをお勧めします。照会の方法や形式については法律上の決まりは特にありません。しかし照会した内容や日付などを明確にしておくためには、配達証明付き内容証明郵便にて送付することが望ましいと思われます。
特に売却価格について疑義がある場合は、別の業者の査定書や不動産鑑定士による鑑定書を参考資料として添付することは、遺言執行者にとっても売却価格の相当性を判断する資料になりますから問題はないと考えます。
しかし上で説明したように、最終的にいくらで売却するかについては遺言執行者が判断することになりますので、別の業者の査定額や不動産鑑定士による鑑定額とは異なる価格で売却されることは十分にありますし、だからといって直ちにそれが違法という事にもなりません。
遺言執行者が物件をレインズ(指定流通機構)に登録してない
遺言執行者が選んだ不動産仲介業者(遺言執行者のグループ会社)が相続物件をレインズ(指定流通機構)に登録しないで売却しようとしている場合、その方法は不適切と言えるのでしょうか。
通常は不動産仲介業者が売主から売却依頼を受けた場合は、その物件を通称レインズと呼ばれるコンピューターネットワークシステム(国土交通省から指定を受けた不動産流通機構が運営)に登録をします。登録することにより全国の不動産業者がその物件についての情報を知ることができ、透明性のある取引が可能とされています。
このように考えると、遺言執行者のグループ会社がレインズに登録しないのは不適切な売却方法と言えなくもありません。この点過去の裁判例では「指定流通機構に登録する方法ではなく複数の不動産業者から買い手を募る方法が売却に要する期間及び売却価格の観点から合理的であると判断したことが不合理であるとの証拠はない(東京地判平成28年12月14日)」として、レインズに登録するか否かも含めて遺言執行者が判断すべきことであるとしています。
レインズに登録すれば常に高額で売却できるというものでもなく、別の売却方法が売却期間と売却価格の観点から合理的であると判断できるのであれば、その選択権は遺言執行者にあるということです。
遺言執行者が不当に低額で不動産売却したら…
遺言執行者(および遺言執行者が指定した不動産仲介業者)が不当に低額で相続財産を売却してしまった場合、相続人としてはどのような手段があるのでしょうか。考えられる手段は2つです。
遺言執行者を解任してみる
1つは遺言執行者を解任することです。遺言執行者を解任するためには相続人、受遺者その他の利害関係人から家庭裁判所に請求して、家庭裁判所による審判手続きを得た上で解任をします(民法1019条)。
常に解任できるわけではなく、①任務を行ったとき又は②その他正当な事由があるときに限って解任が認められます。①は遺言執行者が任務違反の行為をした場合や任務を放置して遺言の執行が滞っている場合を指します。②は長期疾病、行方不明、長期不在、遺言執行者が相続人の一部に加担するなどして遺言の公平な執行が期待できないような場合があげられます。
もし「不当に低額な価格で相続財産を売却した」という点を理由に解任請求をするのであれば、次の判例が参考になるでしょう。
- 遺言執行者はもっぱら相続人の利益をはかるべき者でないから特段の事由のない限り、相続人と遺言執行者との遺言の解釈を異にする一事をもって直ちに解任をすることはできない(大阪高決昭和33年6月30日)。
- 遺言執行者が遺贈の目的たる不動産の所有権を争う訴訟を提起した裁判において、遺言執行者が相手方から金員の贈与を受け、受遺者の利益を無視して目的不動産を不当に廉価で処分する和解をし、訴えを取り下げたときは遺言執行者を解任できる(名古屋高決昭和32年6月1日)。
問題は何をもって「不当に低額な価格」と言えるのかです。この点は次の項目で解説します。いずれにしても遺言執行者を解任したところで、すでに終わった相続財産の売却自体の効果が覆るわけではなく、売買契約自体は有効のままです。金銭的な解決にはなりません。
遺言執行者に損害賠償請求する
すでに相続不動産が低額で売却されてしまった場合、その売却価格と本来売れるはずであった正規の価格等との差額を相続人が被った損害額として、遺言執行者に対して損害賠償請求することもできます。実際には民事訴訟を提起することになるでしょう。
この点、東京地裁平成28年12月14日付の判決で参考となるものがあります。詳しい内容はリンクを貼っておきますので興味がある方は参考にして下さい。
■遺言執行にかかる不動産売却が不当に低額であったとした、相続人の遺言執行者らに対する賠償請求が棄却された事例|一般財団法人不動産適正取引推進機構(通称:RETIO)
簡単に内容を要約すると次の通りです。
- 遺言執行者である信託銀行から紹介を受けた仲介業者による相続財産の売却価格が不当に低額であったことについて相続人が損害賠償請求した事例
- 売買された土地は建築制限があり評価や売却が容易ではない物件
- 固定資産税評価額は約1億円
- 不動産鑑定士の鑑定額は約1億5000万円
- 実際の売買価格は約4000万円
- 「2」と「4」の差額6000万円を損害額として賠償請求
- 相続人の主張は認められず原告敗訴の請求棄却判決となった
この判例を他の事例にも当てはめて同じように考えることができるような汎用性があるかといえば少し難しいです。それと言うのも「2」にあるように、そもそも売却の対象となった土地がとても特殊な土地であるからです。
「3」にあるように、固定資産税評価額が高額である為「少なくともこの価格程度で売れるはずではなかったのか」との相続人の主張に対して裁判所は「固定資産税評価額は本件建築制限ほか個別的要因を適切に反映したものとはいえない」として、実際の売却価格とは関係が無いと結論付けています。
また、「4」の不動産鑑定士の鑑定額についても「建物の再建築ができない点などの個別修正等の考え方の相違によりその評価はまちまちである(著者要訳)」ともしています。
結局、遺言執行者による売買価格が「不合理であるとの証拠はない」とされて、原告は敗訴となりました。このように損害賠償請求訴訟においては、実際の損害額の立証がとても難しくなる傾向にあります。
遺言執行者と相続人のトラブルを避けるには
遺言執行者と相続人の間で起こるトラブルを未然に防ぐために、お互いにどのような点に気を付ければよいのでしょうか。
遺言執行者が気を付けるべきこと
遺言執行者は遺言の内容を実現するために、相続財産について排他的な管理権限があります。遺言執行者が選任されていると相続人は相続財産について処分ができなくなります。
しかし、相続人はこのような取り扱いについて知らないことが多いです。むしろ経験上は、相続人自身は遺言執行者に優先する立場であると誤解している傾向にあるとさえ言って良いと思います。
ですから、遺言執行者は就任したらすぐに遺言の内容を通知する(民法第1007条)とともに、以後相続人が相続財産について処分行為はできないことを説明するべきと言えます。とくに清算型相続の場合はその売却価格によって相続人が受ける利益も変わってきますから、売却価格については合理的な理由の説明が求められることもあるかもしれません。こうした場合、相続人が納得したり承諾したりするかはともかくとして、決して軽くあしらわずに丁寧に説明義務を果たすことが後の訴訟リスクを軽減することにつながるのではないでしょうか。
相続人が気を付けるべきこと
遺言執行者がある以上は、遺言執行者に遺言の執行に必要な一切の行為をする権限があり、相続人はそれを妨げることはできません(民法第1012条)。売却の価格や条件については遺言執行者が決定することになります。
しかし、相続人が遺言執行者に何も意見できないという訳ではありません。「相続人の照会権」を行使して、遺言の執行の内容について不明な点があれば説明を求めることはできます。
売却が終わってから照会権を行使するのではなく、売却の話が具体的になったところですぐに行使すべきです。また、照会権にこだわらず、疑問があったらすぐに遺言執行者に質問できるような関係性を築いていくことも少し検討してみてください。
いずれにしても、あなたが遺言執行者になった場合、または相続人になった場合、どちらの場合も、できれば自分自身の判断で話を進めるよりも、まずはこのような問題に詳しい相続手続きの専門家に相談し、最適な方法のアドバイスを受けるようにしましょう。
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私たちは、相続手続き専門の司法書士事務所です。東京国分寺で約20年に渡って相続問題に取り組んできました。
このページでは、「相続の遺言執行者が低額で不動産売却した時は」と題して、遺言執行者による売却処分について解説しました。
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