【司法書士監修】遺産の収益(賃料,配当,利息)を独占されたら?
相続が開始してから、遺産分割が終了するまでに時間がかかることも珍しくありません。そもそも遺産分割は、「◯年内にしなければならない」などの制限がないため、数年の期間を費やすこともあります。
では、遺産分割が完了するまでの間に、遺産から収益(賃料など)が発生した場合、その利益は一体誰のモノなのでしょうか?そしてその収益を独占する相続人がいた場合、他の相続人としてはどのように対処すればよいのでしょうか?
遺産の収益とは具体的に何を指すのか?
遺産とは故人の財産のことです。法律的には「相続財産」と言いますが、意味は同じです。例えば故人がマンションのオーナーであった場合、死後も賃料の収入があるはずです。故人の生前はその賃料は故人の所得であったことは当然です。
そして、遺産分割後は、賃料はそのマンションを遺産として取得した相続人の所得となります。問題は、故人が死亡してから遺産分割が終了するまでの間の賃料は誰のモノなのか、ということです。
結論はもう少し後でお伝えするとして、このようなマンション(戸建てを賃貸していたケースも同じですが)の賃料が「遺産の収益」として実務上よく問題となります。賃料以外にも、共益費、敷金・保証金、礼金、更新料、権利金なども「遺産の収益」に含めて考えるのが一般的です(敷金は多少問題があります)。
その他にも故人に預貯金があるような場合は、預貯金の利息も「遺産の収益」に該当します。また、故人が株式等の有価証券を保有していた場合は、利益配当(株主配当)も「遺産の収益」にあたります。
遺産の収益は誰のモノか
それでは上に挙げたような、賃料収入、株主配当、預貯金利息などの「遺産の収益」が誰に帰属するのかを考察します。民法という法律の中には明確な規定はありません
念のため、繰り返しになりますが、ここで言う「遺産の収益」とは、故人が死亡してから遺産分割が終了するまでに発生したものを指しますので改めてご注意ください。
最高裁の考え方|最判平成17年9月8日の判例
まず、「遺産の収益(賃料)」が誰のモノになるのかについて裁判で争われた事案があります。民法という法律の中には明確な規定が無いため裁判になったのです。
これを分かりやすく要約すると「賃料(遺産の収益)は相続人全員がその相続分に応じて取得する」となります。
「遺産の収益」は、遺産を使用することにより別途対価として発生したものであって、遺産そのものとは言えないためです。民法上は「法定果実」と呼んで、もともとの遺産とは別個に扱います。
物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする。
しかし、「遺産の収益」をもともとの遺産とは別個に扱ってしまうと、非常にやっかいな問題が生じます。つまり、遺産分割が終わった後に「遺産の収益」を誰が取得するかという別の分割の手続きをする必要が生じて面倒なのです。
実務的な取り扱い|東京高決昭和63年1月14日
最高裁の判決ではありませんが、高等裁判所の判決を根拠として、実務家向けの書籍には「実務では、果実及び収益が、遺産とは別個の共同相続人間の共有財産であることを前提としつつ、当事者全員がこれを遺産分割の対象とする旨の合意をした場合には、遺産分割対象に含めることができるとする運用をしている(「家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務」片野武・管野眞一著|日本加除出版)」との記載があります。
確かに経験上も家庭裁判所においてはこのような取り扱いがあることを確認しています。また、遺産分割調停・審判に至らない、通常の遺産分割協議においても、「遺産の収益」も遺産に含める形で協議をするケースが大部分です。相続人全員の合意が必要です。
このようにすれば、わざわざ「遺産の収益」の為だけに再び分割の手続きを行う必要もないので、結果として相続人全員にとって有益な解決方法と言えます。
遺産分割の遡及効(民法第909条)と矛盾しないか?
民法では遺産分割には遡及効があるとされています。例えば、故人の賃貸マンションを相続人Aが単独で相続した場合、故人が死亡したときに遡って、はじめから相続人Aが所有していたことになるのです。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
このように考えると、故人が死亡してから遺産分割が終了するまでの賃料(「遺産の収益」)も当然に相続人Aのモノになるように思えます。
しかし、上に挙げた最高裁の判例の考え方によると「その帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けない」とありますので、やはりその間の賃料は相続人全員に帰属することになるのです。
ただし、「遺産の収益」も分割の対象に含めて、相続人Aが取得することと合意しておけば面倒な問題にはならないという点はすでに上に挙げた通りです。
遺産の管理について
ところで、故人が死亡し、相続人が数人いる場合は、それら相続人の全員が遺産を共有することになります。
相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
理論上は、このように少なくとも遺産分割が終わるまでは故人の遺産は相続人全員の共有状態となるわけですが、現実的には誰か1名が遺産を管理していることが多いでしょう。
ここで問題となるのは、賃貸マンションの賃料や、株主配当などです。事実上の遺産の管理者が、具体的にどのように家賃請求や株主配当を請求していくのか。
すでに説明したように「遺産の収益」は遺産分割が終わるまでは相続人全員のモノですから、祖相続人全員から相手方に請求しなければならないのでしょうか?
結論は、遺産の収益としての賃料請求や配当請求は、相続人の1名から全額の請求を行うことができます。これらの行為は民法上「保存行為」と解されており、共有者中の1名からできるからです。
保存行為は、各共有者がすることができる。
ただし、相続人の1名から全額の請求ができるとしても、受領した全額を自分のものにして良い訳ではありません。他の相続人から請求があれば、その相続分の金額については返還しなければなりません。
解決案の提示|遺産の収益を独占されたらどうすればいいか
このように、相続開始後に事実上遺産を管理して収益を受領している特定の相続人がいるケースがほとんどです。
そして問題は、この収益は本来相続人全員に帰属するものであるはずなのに、特定の相続人が独占し、他の相続人の返還請求に応じない場合です。この時、他の相続人がとるべき手段にはどのようなものがあるのでしょうか。
解決方法1|遺産の中に含めて遺産分割を試みる
もし遺産分割がまだ終了していないのであれば、上に挙げた「東京高決昭和63年1月14日」の扱いを利用することが第一と思われます。
すでに独占されている遺産の収益を本来の遺産に含めて、これと合わせて遺産分割を行います。すでに独占している部分について返還は難しいこともあるので(生活費として消費している等)、その代わり本来の遺産からの取得割合は減らすなどして、他の相続人と不公平にならないように調整します。
しかし、遺産の収益を独占している相続人は、同時に遺産の管理費用を負担していることもあり、法律上は、遺産の収益を他の相続人に分配する際は、その管理費用を控除(相殺)することが認められます。
また、そもそも遺産の収益の金額が明確でないこともあるため(例えば賃料としての入金額が不明瞭なケース等)結局、他の相続人に分配すべき金額が具体的にいくらになるかについては協議が難航することも考えられます。
いずれにしても「東京高決昭和63年1月14日」では、遺産の収益を本来の遺産に含めて遺産分割を行う為には「相続人全員の同意」が必要ですから、遺産収益独占者の同意が得られなければこの方法を行うことはできません。
解決方法2|遺産管理者の選任(審判前の保全処分)の検討
遺産の収益を特定の相続人が独占し、他の相続人の返還請求に応じない場合は、そもそも本来の遺産分割の協議自体にも応じないケースが多いです。遺産の収益だけでなく、本来の遺産も自己の物であるとの主張を前提とした行動と考えられます。
このような場合は、「遺産分割調停・遺産分割審判」の申立てを行うことになります。そして、これと同時に「審判前の保全処分」の申立てを同じ家庭裁判所に行います。
第105条 本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては、その家事調停事件)が係属する家庭裁判所は、この法律の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずる審判をすることができる。
2 本案の家事審判事件が高等裁判所に係属する場合には、その高等裁判所が、前項の審判に代わる裁判をする。
「審判前の処分」とは、具体的には、収益が生じる遺産を法的に管理する者(遺産管理者と言います)を裁判所に選んでもらうという手続きです。このまま特定の相続人に収益の独占を許すと、その収益が消費されて、遺産分割の審判がなされたとしてもその実現が困難となることもあります。
ですから、それを未然に防ぐために、遺産の収益を独占している相続人に代わる「遺産管理者」を選任して、独占者に対して収益を管理している通帳の引渡しを命じてもらったり、これまで受領した収益の引渡しを命じてもらったり、さらに、今後の収益を直接遺産管理人が受領できるように命じてもらいます。
遺産管理者は裁判所が選任しますが、申立ての際に候補者を指定して申し立てることが可能です。遺産管理者(候補者)に資格はありませんが、相続人間で紛争が生じているようなケースでは特定の相続人が選任されることはなく、一般的には弁護士が選任されるケースが多いです。
解決方法3|民事訴訟を起こす(訴えの提起)
遺産の収益は、相続人全員が相続分の割合で取得した共有の財産であると説明しました。ですから、特定の相続人がこれを独占して管理・消費しているとすれば、これは民法上の不当利得または不法行為となります。
結局、不当利得返還請求の訴え、不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起して、裁判を行って収益を取り戻すことになります。
遺産の収益の帰属について相続人同士の話し合い(遺産分割協議)が決裂したり、遺産分割調停の中でも解決方法が見つからず遺産収益については遺産分割の対象とされず調停が終了してしまったような場合は、通常の裁判(民事訴訟)で解決を図ることになるのです。
解決方法4|振込口座を変更してしまう
遺産の収益の管理口座(賃料や配当金の振込口座)を故人から、遺産収益を独占している相続人以外の相続人へ変更してしまうのが一番簡単な方法です。
通常、金融機関は相続の開始を知ると、故人の口座を凍結して入出金ができなくなる処置を講じます。ですから、相続開始後に遺産収益の受け取り口座を変更することは、口座を管理する金融機関および賃借人や配当金を振り込む側の立場からすると当たり前の処置であり、受取口座を変更したことで他の相続人から法的責任を問われることはないでしょう。
ただし、理論上は、振込み口座の変更は、民法上の「管理行為(民法第252条)」と解釈されていますので、必ずしも相続人中の1名からすることはできず、相続分の過半数の同意が必要とされます。
たとえば、相続人がABCの3名いて、それぞれの相続分がAは4分の2、Bは4分の1、Cは4分の1というケースにおいて、AとBの同意があればこの2名の相続分の合計は4分の3(全体の過半数)であるので、2名の同意で振込口座の変更ができるとなります。
どの方法が良いか迷ったら…
一般論としてどの方法が適切かはケースバイケースと言えます。まさに事例ごとに対処方法は異なります。できれば自分自身の判断で話を進めるよりも、まずはこのような問題に詳しい相続手続きの専門家に相談し、最適な方法のアドバイスを受けるようにしましょう。
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私たちは、相続手続き専門の司法書士事務所です。東京国分寺で約20年に渡って相続問題に取り組んできました。
このページでは、「遺産の収益(賃料,配当,利息)を独占されたら?」についてお話ししました。
遺産の収益は遺産とは別モノとは言うものの、実際には遺産と併せて協議してしまうケースがほとんどであることはお分かりいただけたでしょうか。しかし、その話し合いの仕方は非常に難しいものがあります。ぜひそのような場面で私たち相続手続きの専門家をご活用いただければと思います。
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