相続法の改正|遺言があっても登記の遅れが命取りに|民法899条の2
「40年ぶりの相続法の改正」のテーマから、「民法899条の2、共同相続における権利の承継の対抗要件(相続の効力等に関する見直し)」を取り上げます。
配偶者居住権や特別寄与料などの新制度に完全に埋もれてしまって、あまり話題にされることの法改正ですが、これまでの扱いを180度変えるような内容で、今度の相続実務に大きな影響を与えるだろうと言われています。
例えば遺言があると、相続が発生しても遺産分割協議が必要ない為、相続手続きが遅れがちになりますが、今回の改正点により、遺言があっても登記の遅れが命取りになる場合があるという話。
今後、特に遺言によって法定相続分以上の財産を取得する相続人は、他人に権利を奪われないように十分に注意する必要があります。
それではどのような改正なのか、そして権利を奪われないようにする為の防衛策について検討していきます。
旧制度は「遺言書は万能」としていた
旧制度を、分かりやすく言えば「遺言書は万能」と説明できるでしょう。例えば、遺言書に「○○に財産を全部相続させる(法律上これを「遺言による相続分の指定・遺産分割の方法の指定」と言います)」と書いてあれば、遺留分の問題は別として、原則としては誰に対してもその権利の取得を主張できました。
しかし、遺言書に力を与えすぎてしまった為、一方で不利益を受ける人もあり、実務上争いも絶えなかったのです(数々の裁判例があります)。少し具体例で見てみましょう。
旧制度で具体的に「遺言書が万能」といえるケースとは?
具体例
二男はAさんから多額の借金があります。
Aさんは借金を取り立てるために、二男が相続した財産を差し押さえたいと考えています。
さて、Aさんは無事に借金の取立てができるでしょうか?
旧制度では答えは、「できません」。
改正前の扱いによると、遺言はこのようなケースで万能でした。遺言書の中に「長男に全部相続させる」と書いてありますから、長男は当然にこれをAさんにも主張できるためです。
たとえ登記をしていなくても、長男は「全部俺のものだから、Aさんが差押えするのはおかしいだろう」と主張できます(最判平成14年6月10日)。このような意味で遺言は絶対であったのです。
旧制度で具体的に「遺言書が万能」といえるその他のケースとは?
具体例
旧制度では答えは、「できません」。
改正前の扱いによると、遺言はこのようなケースでも万能でした。遺言書の中に「妻に全部相続させる」と書いてありますから、妻は当然にこれを相続物件の買主Aさんにも主張できるためです。
何ら登記をしていなくても、妻は「全部自分のものだから、Aさんが権利を主張するのはおかしい」と主張できます(最判平成14年6月10日)。
旧制度は、遺言の内容を知り得ない第三者を害する
しかし、遺言書があるかどうか、遺言書の内容がいかなるものか、相続人でもないAさん(第三者)が知るわけがありません。
1番目の具体例では、Aさんとしてみると、相続が生じたのだから、当然にその半分は二男が相続するはすだと考えます(他に相続人がおらず兄弟のみであれば法定相続分は各2分の1)。
と言うより、Aさんはそれを見越して二男にお金を貸した、という流れが自然と言えます。つまり、万が一貸したお金が返ってこなくても、将来二男が相続した時に不動産を差し押さえればよいだろうという目論見です。
しかし、遺言の存在によりAさんの期待は一方的に裏切られることになります。遺言で長男に相続させるとあれば、登記をしていなくてもそれは長男のものであり、Aさんは差押えはできなくなります。結局、改正前の規定はAさんの期待権を一方的に害するものなのです。
また、2番目の具体例でも、子供のいない夫婦において夫が死亡した場合、その妻と夫の兄が共同相続人となり(妻が4分の3・兄が4分の1の法定相続分)、法定相続分による権利の承継があったと信頼した買主Aさんが結果的に不測の損害を被ることになり、これでは登記制度に対する信頼も失われてしまいます。
新制度は「遺言書は万能ではない」とした
このように、遺言書があるからと言って、いつまでも登記をしないでいる相続人を保護して、一方で第三者をないがしろにして良いのか、という問題が旧制度においてはありました。上記の1番目の具体例も、2番目の具体例も同じです。
それでは新制度・改正相続法では、どのように改められたのでしょうか。まずは実際の新しい規定をご紹介します。
「改正民法899条の2第1項」を読み解く
まず、条文は次のように規定されます。
相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
条文だけでは少し難しいですね。超訳してみます。
相続のとき、法定相続分を超えて財産を相続した場合は、法定相続分を超える部分については、第三者より先に登記しないと負けですよ。
新制度は、遺言の内容を知りえない第三者を保護する
1番目の具体例で言うと、新制度(改正民法899条の2)では、長男が全部自分の権利だとAに主張したければ、Aが差し押さえるよりも先に、司法書士に登記をしてもらう必要があります。
今までのように、登記もしてないのに第三者に権利を主張することはできなくなりました。
遺言書が残されている場合は、相続人同士で遺産分割の話し合いをする必要もなくなるため、名義変更をはじめとする相続手続きをのんびりと考えている方も多いのですが、今後は早急に手続きをしないと財産を失う可能性があります。
また、2番目の具体例で言うと、新制度では、妻が全部自分の権利であることを主張したければ、買主Aが登記をするよりも前に、司法書士に登記をしてもらう必要があります。
新制度は、相続人同士では問題にならない
新制度(改正民法899条の2)は、上記の1番目の具体例で言うと「相続人(長男)と相続人以外の第三者(債権者A)」の間で適用されます。
2番目の具体例で言うと、相続人(妻)と相続人以外の第三者(買主A)の間で適用されます。つまり、どちらも相続人と第三者の間の権利関係で問題になるという意味です。
相続人同士の権利関係においては改正法は無関係であり、長男は登記が無くても次男に対して権利の取得を主張できます。そして、妻は夫の兄に当然に権利を主張できます。しかし、この点は、そもそも改正に関係はなく、改正前から同様に理解されていました。
新制度は、預貯金を相続した場合にも適用される
新制度(改正民法899条の2)は、遺産として不動産を相続した場合に限られず、銀行預金などの債権を相続した場合にも適用されます。
例えば、法定相続分以上の預金を相続した場合は、銀行に対してその旨の通知をしなければ第三者に対して権利を主張できなくなってしまいます。この通知は、内容証明郵便など確定日付のある証書でする必要があります。
前項の権利が債権である場合において、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。
新制度は、遺産分割の場合にも適用される
新制度(改正民法899条の2)は、遺言により法定相続分以上の財産を相続した場合だけではなく、相続人同士の遺産分割協議による場合も含みます。
遺産分割協議により法定相続分より多く財産を相続しながら、他方の相続人が先に手続きをして、さらにそれを第三者へ譲渡して登記も備えたとなると、第三者が優先的に権利を取得してしまいます。
しかし、この点は、改正前より同様に理解されていましたので、今回の改正により直接影響はありません。
相続法の民法改正条文「899条の2」はいつから施行されるか
改正法は令和1年7月1日以後に開始した相続に適用されます。
令和1年7月1日より前に作成された遺言であっても、令和1年7月1日以後に死亡すれば新制度(改正民法899条の2)の適用があります。
なお、預金などの債権を相続した場合(改正民法899条の2第2項のケース)は、特例があります。
つまり、令和1年7月1日前に開始した相続であっても、遺産分割による債権の相続がされた場合で、銀行に対して通知をしたのが令和1年7月1日以後であれば、新制度(改正民法899条の2)の適用が受けられるというものです。
遺言があっても権利は奪われる…ではどうすれば?
今回の改正で、例え遺言書に「すべて相続させる」と書いてあっても、相続物件について適法に先に登記をしている第三者がいれば、その第三者には勝てず、その結果権利を失う可能性もあることになりました。
このように相続物件を他人にとられないようにするためには、どのような予防策があるのでしょうか。
答えは明快です。相続開始後になるべく早く相続手続きをすることです。いち早く不動産の名義変更を行い、預貯金については解約してしまうことです。
これらの手続が遅れれば遅れるほど、リスクが高まることを認識すべきでしょう。相続手続きを確実かつ迅速に行うのであれば、経験豊富な相続手続きを専門としている司法書士事務所に相談することをお勧めします。
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このページでは、「相続法の改正|法定相続分以上を相続したら要注意|民法899条の2」についてお話ししました。
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